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'76年にデヴィッド・シルヴィアン、ミック・カーン、スティーブ・ジャンセンらと“JAPAN”を結成。'78年にはロブ・ディーンを加えた5人編成でデビュー・アルバム『果てしなき反抗』を発表し、本国より先に日本でブレイクする。同年には早くも2枚目のアルバム『苦悩の旋律』をリリース。'79年には初来日公演も行っている。'82年に音楽性の相違によりJAPANは解散するが、彼のサウンドは、デヴィッド・シルヴィアンのソロ、レイン・トゥリー・クロウ、ポーキュパイン・トゥリーなどで聞くことができる。常に革新的なシンセ・サウンドで尊敬を集めてきたキーボーディスト/サウンド・プロデューサーである。
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| A1 |
RB AshesGtr |
| A2 |
RB Air Chord |
| A3 |
RB Ghosts |
| A4 |
RB MellowTp |
| A5 |
RB ChordPad |
| A6 |
RB ViolentLd |
| A7 |
RB P5 Seq |
| A8 |
RB Airey Seq |
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| フランスを代表するシンセ奏者・作曲家。パリ大学で文学を学び、クラシックの名門・コンセルヴァトワール(パリ音楽院)で作曲を学んだ経緯の持ち主。1976年、当時ほとんど普及していなかったシンセサイザーを駆使し、革新的アルバム『Oxygene』をリリースし世界的ベストセラーとなる。以降、シンセサイザー音楽/エレクトロニック・サウンドの創始者として、30年ものキャリアの中で数多くのアルバムをリリース。雄大なアンビエント感覚を感じさせるサウンドで、世界中の著名シンセ・プレイヤーからリスペクトを受ける孤高の存在となっている。 |
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B1 |
JMJ Strings |
| B2 |
JMJ Flngstri |
| B3 |
JMJ Brass |
| B4 |
JMJ Pad |
| B5 |
JMJ Bells |
| B6 |
JMJ Slowpad |
| B7 |
JMJ FlyBy |
| B8 |
JMJ Spacechi |
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| ジュリアード音楽学院を卒業後に活動拠点をアメリカへ移し、“ヤン・ハマー・グループ“、“ディキシー・ドレッグス“といったバンドでの活動を経る。1999年にリリースされたアルバム「シーンズ・フロム・ア・メモリー」からプログレッシヴ・メタルの大御所“ドリーム・シアター“に加わり、以降プログレッシブ・ロック界でもっとも有名なキーボーディストの1人となる。一方ソロ活動も盛んに行い、2004年にはソロアルバム「RHYTHM OF TIME」をリリース。ここでも、そのすさまじい演奏テクニックを披露している。 |
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C1 |
JR Solo Vox |
| C2 |
JR Feed Lead |
| C3 |
JR Sine Lang |
| C4 |
JR Lead |
| C5 |
JR MightySyn |
| C6 |
JR Liquid |
| C7 |
JR Reso Bell |
| C8 |
JR Tangy Syn |
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| 91年ビクターエンターテインメントより日本初のテクノユニット“ガルトデップ“でデビュー。ユニット休止後、さまざまなクラブ系ユニットに参加し海外でのディストリビュートも積極的に行う。1996年よりステージ衣装から機材など全てを完璧に模したYMOの完全コピーバンド“Yセツ王“として活動。リアルタイムにYMOを体験した熱心な固定ファンのみならず、YMOのライブを見たことのない若いファンをも獲得している。“MOVE“(avex)のサポートとしてのライブへの参加や、雑誌などでのレビュー執筆など多方面で活躍している。 |
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D1 |
HS Pogitive |
| D2 |
HS AbnimalBs |
| D3 |
HS Sliding30 |
| D4 |
HS E=MC2 |
| D5 |
HS Sync Line |
| D6 |
HS DaffingBs |
| D7 |
HS Bionesq |
| D8 |
HS FutureDrp |
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